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最高裁判所第三小法廷 平成5年(オ)1910号 判決

埼玉県草加市栄町二丁目四番五号

上告人

三山工業株式会社

右代表者代表取締役

高橋英三

同所

上告人

高橋英三

右両名訴訟代理人弁護士

伊東秀郎

吉井参也

伊東孝彦

三重県桑名郡木曽岬町大字見入流作九五番地

被上告人

石田鉄工株式会社

右代表者代表取締役

石田昭三

右訴訟代理人弁護士

田川耕作

右当事者間の名古屋高等裁判所平成三年(ネ)第五五三号、第五五四号損害賠償等請求本訴、同反訴、製造販売差止等請求事件について、同裁判所が平成五年七月七日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人伊東秀郎、同吉井参也、同伊東孝彦の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、被上告人製品の形態が上告人ら意匠及び上告人ら製品の形態に類似しないなど所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫)

(平成五年(オ)第一九一〇号 上告人 三山工業株式会社 外一名)

上告代理人伊東秀郎、同吉井参也、同伊東孝彦の上告理由

一 まえがき

(一) 原判決において審理の対象とされた上告人ら及び被上告人の請求は、次のとおりである。

1 上告人らの請求

(1) 上告人高橋英三は、意匠法三七条一項の規定に基づき被上告人の行為に対して差止請求権と廃棄請求権とを有し、民法七〇九条の規定に基づき損害賠償請求権を有する。

(2) 上告人三山工業株式会社(以下「三山工業」という)は、意匠権の独占的通常実施権者として民法七〇九条の規定に基づき被上告人の行為に対して損害賠償請求権を有する。

(3) 上告人三山工業は、不正競争防止法一条一項一号の規定に基づき、被上告人の行為に対して差止請求権と廃棄請求権とを有し、同法一条の二の規定に基づき損害賠償請求権を有する。

2 被上告人の請求

(1) 被上告人は、上告人三山工業に対し、不正競争防止法一条一項六号の規定に基づき、被上告人の行為が意匠権侵害及び不正競争行為である旨の陳述、流布の禁止請求権を有する。

(2) 上告人らの前記差止請求権につき、その各不存在の確認を求める。

(3) 被上告人は、上告人らに対して、検察庁に告訴したり各方面に被上告人の製造販売が中止になる等の話を伝えたことなどにつき、民法七〇九条の規定に基づき損害賠償請求権を有する。

(二) 原判決は、上告人らの意匠権に基づく差止請求権、不正競争防止法一条一項一号の規定に基づく差止請求権及びこれらに伴う損害賠償請求権をいずれも否定され、一方、被上告人の意匠権及び不正競争防止法一条一項一号の規定に基づく差止請求権不存在確認並びに不法行為に基づく損害賠償請求権を認容された。しかしながら、原判決には、意匠法三七条一項、不正競争防止法一条一項一号、同法一条の二及び民法七〇九条の各規定の解釈、適用において判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があり、また理由不備の違法がある。

右の次第であるから、原判決は、破毀されるべきである。

二 上告理由(その一)

-意匠法三七条の規定に基づく差止請求権について-

(一) 原判決は、ア号意匠の要部は、次の点にあると認定された。

「(1)手足掛部の上下両面の両隅寄りに形成した円環縁枠内に、一対の円盤状の模様(反射板)を設け、(2)その後側面全体に小さな波形の形状を複数形成し、(3)その上下両面の突条を線により、同長で両端部を逆方向へ僅かに折り曲げた短直線二本を折り曲げた両端部が並行状となるよう同一傾斜角度で交差するよう配してX状にした形を一組とし、その形の複数組を手足掛部の前後縁線に沿って等間隔直列状で形成した」(原判決五枚目裏一行~九行)

一方、あ号物件の意匠につき、ア号意匠での要部と対応する点について、次のとおり認定された。

(ⅰ) 手足掛部の上下両面の両隅寄りに形成した円環縁枠内に、一対の円盤状の反射板を設け、その色調を中間調子(赤色)のものとしている(第一審判決二七枚目表三行~五行)。

(ⅱ) 手足掛部は、その後側面全体をゆるやかな波形の形状に形成している(第一審判決二六枚目表一〇行~一一行)。

(ⅲ) 手足掛部の上下両面の突条は、点及び線によるものであって、短直線一本を一定の傾斜角度でノ字状にし、その両端近くに点一個づつと、その反対の対角線上にも点一個づつを配した形を一組とし、その形の一二組を手足掛部の前後縁線に沿って等間隔並列状に形成した前後各点四個間に短直線一本づつが同一傾斜角度で並行状に、また、手足掛部の中央を軸にして六組づつが対向した左右対称状となるよう薄肉状に形成したものである(第一審判決二六枚目裏五行~二七枚目表二行)。

(二) 原判決は、両者を右のように認定した上、次のとおりの判断を示されている(原判決六枚目表八行~裏七行)。

1 あ号物件の意匠のうち前記(ⅰ)の構成は、ア号意匠の要部のうち(1)の点と一致する。

2 あ号物件の意匠のうち前記(ⅱ)の構成すなわち後側面の形状は、印象においてもア号意匠のそれとの間に顕著な相違が認められる。

3 あ号物件の意匠のうち前記(ⅲ)の突条の構成すなわち突条の形状も、ありふれた形状であるとかア号意匠の僅かな変更に属するとかいうこともできない。

4 ところで、右の2及び3の相違点が手足掛部という意匠の正面に位置し看者の注意をひく部分にあることをも考慮しつつ全体的に観察すると、当裁判所は、両意匠は右(1)の一致点(上告人注・反射板の存在を指している)を凌駕して視覚を通じての美感を異にすると判断するものである。したがって、その間に誤認混同のおそれがあるとはいえず、ア号意匠とあ号物件の意匠は類似するものではない。

しかし、原判決に示されている右の判断には承服し難いのであって、その点について、項を改めて順次述べる。

(三) 原判決は、ア号意匠の要部は、反射板、小さな波形の形状、X型の突条の三点にあるというが、後記のように、公知意匠が存在するところからみれば、反射板の点のみが意匠の要部と認められるべきものであり、これらの公知意匠を無視した認定は経験則違背であると言わねばならない。

ところで右の点を暫くおいて考えるに、原判決は、あ号物件の意匠のうち手足掛部の後側面の「ゆるやかな波形の形状」をもって、ア号意匠の手足掛部の後側面全体に形成した「複数個の小さな波形」と、印象において顕著な相違が認められるとされているが、原判決は、何故印象において顕著な相違が認められるかということについての判断基準、すなわち、判決理由を示されていない。

また、原判決は、あ号意匠のうち手足掛部の上下両面の突条の形状は、ありふれた形状であるとかア号意匠の僅かな変更に属するとかいうこともできないとされているけれども、この点についても判断基準、すなわち判決理由を示されていない。

あるいは、前記4の説示に示されている誤認混同を基準としたものとも解せられるが、その点については後に述べる。

(四) 意匠法の定める意匠制度、特に意匠出願が登録要件を具備するものと認められて登録に至る審査基準に鑑みれば、意匠権の効力が及ぶ類似する意匠の範囲の認定は、同様の基準に依らねばならないと考えられる。

すなわち、意匠法は、創作された意匠が新規性を有し且つ創作容易でない場合(意匠法三条)これを保護するが、その判断は出願時の公知意匠に基づいてなされる。すなわち、公知意匠と対比して「美観を起させる」特徴は何か、看者の目をひきつけるものは何かという点から判断して登録が認められる。そして、本件のマンホール足場金具の場合には、公知意匠は意匠公報に記載されたものが主なものである。

しかして、意匠法は、「意匠権者は、業として登録意匠及びこれに類似する意匠の実施をする権利を専有する。」(二三条)と定めているが、意匠権の効力の及ぶ範囲は、審査官が登録を許可した視点から判断しなければならない。このように解しなければ、意匠の創作的価値は登録審査の場合には考慮されるが、権利侵害の場合には無視されるという不合理を生ずる。この意味において意匠権は特許権、実用新案権と極めて似ている法制度のもとにあるのであって、商標権の場合においては取引の場における誤認混同を中心として商標権侵害が論ぜられるのと趣きを異にしていると考えられる。

これを本件についてみれば、本件意匠の出願時には、既に、手足掛部の後側面をゆるやかな弧面状にしたものがあった(甲第一〇号証)。

突条については、

〈1〉 突条の形状には種々様々のものがあった。原審において提出した平成四年二月二四日付の控訴人第一回準備書面四一頁の「手足掛部の突条の形状」の一覧表のとおりである。

〈2〉 突条は手足掛部のみ、または両脚部に及ぶものがあった(甲第四四号証、乙第六二号証)。

〈3〉 薄肉状のものがあった。

したがって、原判決認定のように、ア号意匠の要部として波形の形状及び突条を加えるとしても、それぞれ、それらが構成の一部となっていることに重点があるのであって、それぞれの具体的形状については、さして重点があるとは考えられない。これに対して、手足掛部の上下両面に円盤状の反射板一対づつを両隅寄りに設けた点は既存のものと著しく差異があり、格別の創作があったものといえるものである。

あ号物件の意匠は、ア号意匠が格別の要部とする反射板をそっくり取り入れているものであるが、その他の点は、次のようにみるべきものである。

(1) あ号物件の意匠は、後側面を公知の態様、すなわち、ゆるやかな弧面状の単純な形状にしたものである。

したがって、ア号意匠と比べれば、僅かに変更したことによる微細な相違である。

(2) あ号物件の意匠は、ア号意匠の突条のX字状のうち一本を削除して、単純な線と点によるものとした。

しかして、線又は点より成る突条の場合にその傾斜角度及び形成した位置、大きさにはいろいろなものがあるが(参照、甲第一五、二五、二三、七七、八一、五八号証)、そのことを考慮すれば、あ号物件の意匠の突条は、ア号意匠の突条に僅かに変更を加えた態様にしているとみることができる。

出願審査の基準に従うならば、右(1)、(2)のように判断されるから、本件登録意匠の類否を考えるうえにおいては微細な相違にとどまるものであり、あ号物件の意匠はア号意匠の類似範囲に入るものと認めることができる。

(五) 意匠の類似範囲を解釈する判断基準については、創作説と混同説が主要な基準と考えられている。

創作説は意匠制度の目的を意匠の創作の保護にあるととらえて、創作の要部を具備する物品が創作の要部を備えているが故に発生する美的印象の範囲を類似範囲と認める説であると言うことができる。そして、その意匠の要部は公知意匠との関係において定まるのであり、その判断者は当業者である。

混同説は、意匠において看者の注意をひく部分をイ号意匠が物品の混同を生じる程に具備していると認められる範囲を類似範囲と認める説であると言うことができる。そして、看者の注意をひく部分を意匠の新規な部分に求める説もあるけれども、多くは、当該物品の流通過程における実情によって定めるべきものとし、その判断者を取引者、需要者であるとしている。

審美性説と呼ばれているものは、意匠の美感ないし美的印象を共通にするものは類似意匠の範囲内にあるとするのであるが、意匠の創作性を基準に論じていないものは、結局は混同説に近いと言うことができるであろう。

ところで、創作説によった判例としては、大阪地裁昭和五五年九月一九日決定「保管庫事件」(無体集一二巻二号五一四頁)、大阪地裁昭和五六年一〇年一六日判決「物干し器事件」(無体集一三巻二号六六四頁)、大阪地裁昭和五八年一二月九日判決「スノーポール事件」(特許管理別冊昭和五八年Ⅲ五七七頁)があるが、最高裁昭和四九年三月一九日判決「可撓伸縮ホース事件」(民集二八巻二号三〇八頁)、最高裁昭和五〇年二月二八日判決「帽子事件」(審決取消集昭和五〇年五二一頁)は、混同説を支持するものと言われており、混同説ないし審美性説に属する判例は極めて多い。

しかしながら、前記の意匠制度の目的と次に項を改めて述べる類否の判断者の点からみれば、創作の保護を基礎理念とする創作説が解釈として正当であると考える。

(六) 次に類否の判断者につき述べる。

意匠権の登録の許否は当業者のレベルで決定される(意匠法三条二項)。したがって、侵害問題(意匠の類似の判断)も当業者のレベルで判断されるべきである。公知意匠を参酌して創作の要部は何であるかを理解・把握することは、意匠を創作しまたは理解する能力のある者すなわち、当業者(その能力を有する製造者・デザイナー等)でなければ、これをすることができない。この点は特許権、実用新案権と同じである。これに対して、商標は、出所表示機能を有する場合に登録される。商標権の登録の許否は取引者(需要者)のレベルで決定される。したがって、侵害問題(商標の類似の判断)も取引者(需要者)のレベルで判断される。不正競争防止法も取引者(需要者)レベルである。

なお、商標の類否の判断は、離隔的に観察し、意匠の類否は対比的に観察するのは、前者においては取引上の混同が問題であるのに対し、後者においては客観的に決まっている類似意匠の範囲を探究することが問題であるという両者の性格の違いによるものである。

(七) 仮に混同説によって解釈するとしても、不正競争防止法関係につき後述するように、限られた産業分野のシェアの大部分を占めている物品が「反射板」という要部を備えているとき―原判決は「右(1)の一致点を凌駕して」(原判決六枚目裏四行)という文言を用いているところからすれば、「反射板」を最大の特徴と認めていると考えてよいであろう―取引者、需要者においては混同のおそれがあると認めるに充分であると思料されるのであって、この点について認定を得られなかった原判決には、経験則違背があるか、理由不備の違法がある。

三 上告理由(その二)

-不正競争防止法一条一項一号の規定に基づく請求について-

(一) 原判決は、上告人の不正競争防止法に基づく請求を一審同様棄却したが、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈適用の誤りがあり、また、審理不尽・理由不備の違法があるものである。

1 すなわち、原判決は

〈1〉マンホール用足場金具の主な需要先は官公庁であり、そこでは一定の規格が先行し検査によりこれに合致したと認められたメーカーの物品が、工事の落札業者により購入される方法が取られており、制度上特定のメーカーに対する選好はむしろ排除されていること、

〈2〉右の場合及び民間の工場の場合、足場金具販売形態は工事業者がメーカー又はその代理店に対して注文して購入するのが通常であること

〈3〉さらに一般消費者が店頭で品物を見て購入する事例もなくはないものの、本件全証拠によっても、一審被告(上告人)製品の形態自体が一般消費者に出所の識別をさせるような程度に達していたと認めるに足りないこと

〈4〉また、一審原告(被上告人)が一審被告製品の特徴的形態を模倣したといえないことを挙げて、上告人の請求は理由がないとしている(第一審判決書三一枚目表八行~裏五行及び原判決六枚目裏一〇行~七枚目表二行)。

2 原判決の右の説示部分は、その構成が明確でないため上告人のどの部分の主張を否定したのかはっきりしないのであるが、一審判決の引用方法等からみて、上告人の製品の形態自体が出所表示機能を有していたとの上告人の主張を否定したものと解せられる。

3 しかしながら、原判決が挙げる右〈1〉と〈2〉の事実、すなわち、官公庁の場合制度上足場金具の特定メーカーに対する選好はむしろ排除されていること及び足場金具の販売形態は工事業者に注文して購入するのが通常であることなどの事実は、むしろ「混同」の要件の認定にあたって考慮されるべき事柄であって、これらの事実を上告人の製品の形態の出所表示機能に関して云々するのは的外れというべきである。

また、〈3〉の認定は、余り事例のないとする一般消費者(上告人注・原判決で一般消費者と表示されているのは、足場金具を数本、十数本購入する小さな業者などを指しているものと解される)の店頭での購入の場面を問題とするものであるが、事例が少ないことと右の一般消費者にとっても、上告人の製品の形態自体が出所表示機能を有するに至っていたということは、別個の問題であって、上告人の足場金具が圧倒的シェアを占めるに至っており、足場金具といえば、上告人の本件製品を直ちに連想する状態になっていた事実に鑑みれば、右の一般消費者に対する関係においても製品の形態自体が商品表示として出所表示の機能を備えていたと認めるのが自然である。また、商品の形態自体が出所表示の機能を取得するに至っていたか否かは、官公庁や右一般消費者より規模の大きい工事業者の認識も同時に審理判断されるべきである。これらの需要者、取引者に対する関係においても、上告人の製品の形態自体が商品表示として周知著名になっていたのである。

〈4〉の事実は、原判決において新たに付加されたものであるが、どういう趣旨でこの事実が付加されたのか不明確であるし、また、被上告人が上告人製品の特徴的形態を模倣したことは、後述のとおり証拠上明白であって、明らかに不当な事実認定である。

4 ある商品の形態が出所表示機能をもつに至ったか否かを判断するには、その商品の形態が同種の他の商品と比較して、どのような特異性乃至特徴があるのかという点及びその形態の特異性乃至特徴が需要者乃至取引者にどのように認識されていたかという点を中心に、これに、その商品の販売の期間数量、その商品の著名性などの点を加えて、吟味されるべきである。

原判決は、これらの点をほとんど吟味することなく、前記1のとおり上告人の製品の形態が出所表示機能を有していたとは認められないと即断している。

しかしながら、上告人の製品の形態は次に述べるとおり、橙黄色の合成樹脂で被覆され、手足掛部の両端に赤い色の反射板が設置されているというもので、その色彩の対比からいっても極めて印象の強いものであり、かつ、また、そのような製品は従来の製品には全くなかったものであるということ、及びこれに加えて、そのような上告人の製品が全国で九〇パーセント以上のシェアをもって大量に販売されてきたこと、以上の点だけからしても、特に上告人製品のシェアと販売数量のみを取り上げても上告人製品の形態が周知の商品表示に当たるということは経験則上容易に肯認されるべきものである。したがって、上告人製品の形態自体が商品表示となっていることを否定する原判決の右認定は、明らかに経験則に違背し、審理不尽ないし理由不備の違法があるというべきであり、周知の商品表示という要件を認めたうえで、次いで、類似性及び混同のおそれの要件が吟味判断されるべきであったものである。

(二) 上告人の本件不正競争防止法に基づく請求は、以下に述べるとおり、証拠上明白であって、認容されて然るべきものである。

1 上告人製品の特徴的形態

上告人の本件製品の形態は検乙一号証乃至検乙五号証及び第三事件訴状添付の第一目録乃至第五目録の写真にみられる通りのものであって、これを従来の他社の同種製品の形態と比較した場合、次の点に特徴があることが分かる。

(イ) 橙黄色の合成樹脂で被覆されていること

(ロ) 右の被覆は全面になされずに、芯材の先端部分は露出されていること

(ハ) 手足掛部の上下両面の各両端部に鮮紅色の反射板が設置されていること

勿論、右のような特徴を備えた足場金具は、上告人製品以外には存在していなかったのである。

なお、本件で問題になっている上告人製品は五つのタイプに過ぎないが、代表者本人尋問及び乙四号証からも明らかなように、上告人は三〇〇種類以上のタイプの足場金具を製造販売しており、それらはいずれも右の特徴を具備しているものである。

(他社製品との比較)

従来からある足場金具のメーカーとしては、日之出水道機器と西武ポリマ化成があるが(他にはあまりない-平成元年四月一四日施行の上告人代表者本人調書六丁)、その各製品の形態の特徴を摘記すると次のとおりである。乙九三号証ないし乙九五号証の写真は上告人製品と他社製品とを対比したものである。

(日之出水道機器の製品の特徴)-乙六号証、乙三六号証の一、二

〇黄色ないし橙黄色の合成樹脂で被覆されている

〇右の被覆は全面になされている

〇装着部の先端が独特の形態をなしている

〇反射板は設置されていない

(西武ポリマ化成の製品の特徴)-乙三五号証、乙三六号証の三、乙七号証

〇白色の合成ゴムで被覆されている

〇右の被覆は全面にされていない

〇反射板は設置されていない

右の他社製品との対比から明らかなように、上告人製品においては、前記(イ)(ロ)(ハ)の構成による、色彩と一体となった形態が特徴となっている。そして、このような特徴的形態をもった上告人製品が次の2で述べるように、全国的に九〇パーセント以上のシェアをもって大量に(年間約三百万本)販売されることによって、上告人製品を見た需要者・取引者は、右の色彩と一体となった形態により、上告人の製造販売にかかるものであることを瞬時に判断できる状況にあったものである。すなわち、本件上告人製品の色彩と一体となった形態は、被上告人の本件製品が販売される以前において、出所識別機能を有するに至っていったものである。

2 上告人製品の形態の周知性

上告人は日本で最大のマンホール足場金具メーカーであり、本件製品は、「ノーブレンステップ」の名称で(乙四号証)、全国津々浦々の市町村等の公共団体の下水道工事に採用されており(乙一四号証)、原判決も認定したとおり、その市場に占めるシェアは九〇パーセントを超えているのである。その販売本数は現在の新製品(本件製品)に切り換えられた後である昭和五九年度が約二〇〇万本であり、その後も順調に伸びており、現在では年間三〇〇万本以上を製造販売している。他の足場金具のメーカーである日之出水道機器・西武ポリマ化成の場合は、年間数万本程度にすぎない(前記本人調書六丁)。

また、上告人は、毎年開催される下水道展等に上告人製品を出品する(乙一七号証~乙一九号証)ほか、日刊新聞紙・専門誌に広告を掲載し、カタログ(乙四号証)を年間八万部以上頒布するなど、年間二億円以上の宣伝広告費を支出するなど、上告人製品の宜伝広告にも力を入れていたものである(平成元年五月一二日施行の本人調書6項、7項、乙二号証七項)。

シェアが九〇パーセントを超えているということは、全国で販売され、使用されている足場金具のほとんどが上告人の製品ということであり、このこととその販売数量からすると、上告人製品の形態が官公庁・工事業者等の需要者・取引者間に周知となっていた(周知を超えて著名といってよい)ことは、容易に肯認されて然るべきである。

3 被上告人の製品の形態(類似性)

被上告人製品の形態は、検乙第六号証乃至第一〇号証及び第三事件訴状添付の第六目録乃至第一〇目録に見られる通りのものである。そして、被上告人の製品は、前記1において述べた上告人製品の色彩と一体となった形態の特徴である(イ)(ロ)(ハ)の点をすべて具備しているものである。この点は当事者間に争いのない事実である(原判決の引用する一審判決書二〇枚目裏五・六行)。

これは、偶然に特徴とする点が一致したというのでは決してなく、被上告人が上告人製品の売れ行きがよいのに目を付け、上告人の製品の形態の主要な特徴をあえて模倣して「互換性」をもたせたからに他ならない。

原判決は、前記(一)1〈4〉のとおり、被上告人が上告人製品の特徴的形態を模倣したとはいえない、と説示するが、現実に右の特徴的形態が一致し、かつ、上告人以外の他社の製品の形態は前記1で述べたとおり、反射板は付いていないなど上告人製品の形態と歴然たる相違がある以上、何故に「模倣したといえない」と言えるのか理解に苦しむ所である。

参考判例として、「ある商品表示が他人の商品表示と類似のものにあたるか否かの判断については、営業表示の類似性の判断につき、取引の実情のもとにおいて、取引者又は需要者が両表示の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両表示を全体的に類似のものと受け取るおそれがあるか否かを基準としで判断すべきとした判例(最高裁昭和五八年一〇月七日判決「マンパワー事件」民集三七巻八号一〇八二頁)の場合と同一の基準によるべきである」とした最高裁昭和五九年五月二九日判決「プロフットボールシンボルマーク事件」(民集三八巻七号九二〇頁)がある。

4 混同のおそれ

上告人と被上告人の両製品は検乙号証の各製品を見て分るとおり極めて似ている(乙九三号証乃至九七号証の写真ご参照)。上告人の社員またはその代理店・取引先ですら、うっかりすると間違えることがあるほどである(乙八三号証、八四号証)。これは、前述のとおり被上告人が上告人の製品の形態の前記特徴―橙黄色の合成樹脂による被覆と鮮紅色の反射板―をそのまま模倣したからである。なにゆえに模倣したかと言えば、右のような特徴を備えた製品でないと実際上売れないからである。

なるほど両製品を仔細に見れば、手足掛部の突条のかたちや同部の内側の形状に違いがあることは分る。しかし、需要者・取引者が製品を購入する場合にはそこまで仔細に観察しないのが通常であって、橙黄色の合成樹脂で被覆され、手足掛部の両端に赤い色の反射板が設置されておれば即座に上告人製品と思い込んでしまうのが実状である。

たしかに、この要件については、原判決及び一審判決が指摘した販売形態の問題がある。しかしながら、足場金具の需要者・取引者と言っても、国・地方公共団体・大手ゼネコンから始って下水道施工業者、その下請ないし孫請業者、コンクリート二次製品メーカー、商社、土木資材取扱業者、土木機材リース業者、マンホール鉄蓋製造業者、金物卸売業者、金物小売店等々大小種々様々であって、また、その取引形態も種々あり、金物小売店で数本買うということもあるのである。

また、誤認ないし混同のおそれというのは、当該製品の形態の特異性の強さ、両製品の類似性の強さ、また、周知性の強さと相関的に判断されると解される。そして、前述のとおり、上告人製品の形態は他社製品のそれとの対比からして極めて特異性があり、また、両製品の類似性はその形態・色彩が一致しておりその程度は高いと判断すべきであり、また、何回もくり返して述べてきたように、上告人製品の占めるシェアと販売数量からして、上告人製品の周知性は極めて強いといえるのであって、これらの点から判断して、両製品の混同のおそれは極めて強いというべきである。

なお、周知性の強い場合に混同を認めた判例として、東京地裁昭和四八年三月九日判決「ナイロール事件」(無体集五巻一号四二頁)がある。

四 上告理由(その三)

-被上告人の損害賠償請求について-

原判決は、被上告人の損害賠償請求をも認容したが、民法七〇九条の解釈の誤りがあるものである。

(一) 仮に万一、被上告人の本件足場金具の製造販売行為が上告人との関係で意匠権侵害ないし不正競争行為に該当しないとしても、原判決摘示の上告人らの行為には過失が存しなかったものである。

(二) すなわち、一審判決が認定し、また、原判決もこれを引用したように、本件については、

〈1〉上告人は合成樹脂で被覆した足場金具についてのパイオニア的存在であり、これに反射板を付けた物も被上告人より先に発案し商品化し、それゆえ上告人らは業界において圧倒的な市場占有率を持ってきたこと

〈2〉三重県に本拠を置く被上告人がその東京営業所を上告人三山工業の本拠地である埼玉県草加市に設置し、上告人三山工業のカタログの特徴的な文言をそのまま使用したパンフレット(乙第五号証)を作成して販売活動に使用し、上告人三山工業よりも廉価で販売してきたこと

〈3〉本件は意匠の専門家の中にも被上告人製品を意匠権侵害とみる見解も存在しうる事案であること(乙第四六号証の一、二)が認められる。

更にこれに加えて、前記三(二)3で指摘したように、被上告人は上告人製品の特徴を、その売行きがよいのに目を付けて、あえて模倣したことも明らかである。

(三) 以上の事実関係からすれば、当時の状況のもとにおいて、上告人らが被上告人製品の製造・販売行為が上告人らの意匠権を侵害し、また、不正競争防止法一条一項一号の不正競業行為に当ると判断したことにはそれ相当の十分の理由・根拠があったと言えるものである。

よって、一審判決が正当に認定したように、上告人らの右判断及びこれに基づいてなした原判決摘示の行為には過失がなかったものと認定されて然るべきである。

以上

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